「ローズナイフ・ロマンス3」 その@


 美しく端麗で、でも無口で人付き合いの悪い事からローズナイフと呼ばれていた狩野三森は今、ある女性との触れ合いに至極の喜びを感じていた。その女性の名は長崎桐。美人というより可愛いくて、誰とでも仲良くできる彼女と、近づく者を拒むかのような壮麗さを持つ三森は、不思議と惹かれ合い、その日々を楽しんでいた。
 それが友情なのか、それとも愛なのか、それははっきりとは分からない。しかし、そんな事は2人にとってはどうでもよかった。
 2人は、寄り添う事にこれ以上無いくらいの喜びを感じていたのだから。


 幸福な夏休みが終わり、2学期になった。皆、夏休みボケが抜けていないらしく、始業式は何ともとぼけたものとなった。
 締まりの無い生徒の中、三森は相変わらずキリッとした出で立ちで、校長の言葉を聞いている。もっとも、そんな三森でさえ、校長の言葉はほとんど耳に届いておらず、夏休みの間、桐と過ごした日々を邂逅していた。
 それは三森の遥か後ろにいる桐もだった。生あくびを噛み殺しながら、彼女も三森との素敵な日々を思い出しては一人はにかんでいた。
 肌を焦がす太陽は季節と共にゆっくりと落ち着いてくる。2学期の初めこそ皆だらけながら授業を受けていたが、1ヶ月もすると元に戻っていった。
 そして、2学期最初のイベントが近づいてきた。学園祭である。
「では、何をやりたいか、案のある人がいたら手を上げてください」
 文化祭実行委員の女子が教卓の前で声をあげる。三森は何も発言する事無く、事の顛末を見ていた。
 文化祭。三森には大した思い出が無かった。去年は確か駄菓子か何かを売ったような記憶があるが、さて自分は何をやったのだろうか?売り子は似合わないという理由で、教室の模様替えをやった記憶が微かにある。
 準備は生徒全員が出なければならないが、文化祭そのものは自由参加だ。だから、三森は文化祭そのものには参加せず、家でのんびり過ごしていた。
「誰かいませんか?」
 実行委員が言うと、クラスに大抵一人はいる発言好きの女の子が手を上げて、たこ焼き屋と言った。少し騒ぎが起こり、また別の生徒が発言する。
 勿論、三森は発言しない。
「‥‥」
 桐とは別の教室だ。だから、一緒に作業をする事が無い。ならば、何をするにしても大して面白くはないだろう。
「では、たこ焼き屋に決定しました」
 気がつくと、もう三森のクラスの催し物は決まってしまった。


 帰り。いつものように桐と手を繋いで帰る。暑い日差しはもう無く、半袖も互いの体温も心地良い。2人の関係はそれほど前と変わっていなかったが、それはもう行く所まで来た、という事でもあった。
「三森さんのクラスは何やるんですか?」
「たこ焼き屋さんみたい」
「へえ。面白そうですね。私の所はフリマみたいです」
「‥‥フリマって何?」
「フリーマーケットです。つまり、みんなでいらない物を持ち合って売るんです」
「ああっ、バザーみたいなものね」
 知らなかった事は少し恥ずかしかったが、桐は別段気にしていないらしく、コロコロと笑っただけだった。
「三森さん。こういうの苦手ですよね?」
「うん‥‥。みんなで何かやるって、あんまりね‥‥」
 協調性が無い事は自分でもよく分かっている。だが、それがいけない事だとは思わない。少なくとも今までは、それで悲しい思いをした事は無いのだから。
「去年とか何やりました?」
「教室のレイアウトとかだったわ。文化祭そのものには出なかったけど。桐はとても楽しんだんでしょう?」
 ちょっと意地悪く言う。勿論、桐はそれが三森なりの冗談だと言う事を知っている。
「そうですね‥‥。去年はダーツ大会みたいなのやったんですけど、こんな性格だからか、ずっと司会みたいなのやらされました」
「桐らしいわ」
 別に今に始まった事ではないし、もう普通の「女同士の友達」よりは派手な事をしてしまった仲だが、どうして彼女は自分を好いてくれるのか、たまに分からなくなる時がある。自 分といても退屈なだけではないだろうか。そう思う時もある。
 だが、当の桐本人が幸せそうな感じなので、あえてそれは聞かない事にしている。
「今年は一緒に文化祭に回りましょうね」
「えっ?」
 三森の息が一瞬だけ止まる。三森は人が多い所が大の苦手だ。遊園地はおろか、映画館ですら気後れしてしまうのだ。文化祭など、想像も出来ない。
「人の多い所は苦手な事、知ってるでしょう?」
「でも、いつまでもそれでは大変なんじゃないですか?ダメってわけじゃないですけど、色々と楽しい事を逃しちゃう気がするんですよね」
「‥‥それは、そうかもしれないけど」
 桐の言う事が正しい事は、三森も分かっている。今はこんな態度でもいいかもしれないが、いつかは色々と人付き合いもあるだろう。
 桐は少しだけ早足になり、三森の前に立つ。
「まぁ、行ってみて嫌だったらすぐに帰ればいいんです」
「‥‥そうね。なら、行ってみようかしら」
 苦手を克服したいとは三森も思っている。それを誘いながら、しっかりとその後のフォローもしてくれる桐。こんな性格だから惹かれたのだろう、と三森はつくづく思った。
「でも、一緒に歩いていたら、私達の仲がバレちゃうんじゃないの?」
 前を向こうとする桐の顔がその言葉を聞いてピタリと動かなくなる。そして、ゆっくりとにやけ顔になり、改めて強く手を握る。
「‥‥三森さん、可愛いですね」
「何?突然」
「みんな知ってますよ。友達≠ニしての私達は」


 それから数日の間は授業が無かった。準備期間だからだ。その間は、全時間が文化祭に当てられる。三森は去年と同じく教室のレイアウトなどをやった。接客も出来ないし、買出しも無理そうだという事で、無難なものとなった。三森もそれに文句を言う気は無かった。
 それから一週間後。文化祭の日にやってきた。
 三森のクラスは予定通りたこ焼き屋だ。普通の屋台では4〜500円の所が、そこでは200円だった。作り始めて1、2週間の素人が作ったという事もあり、見てくれは良くなかったが、値段のお陰もあり、大盛況だった。
 三森が店の前に立つ事は無かった。身近な人にでさえ、あまり笑わない三森だ。誰も、店番など出来ると思っていなかった。勿論、本人もそう思っていた。
「‥‥」
 三森は廊下で、桐を待っていた。今までは文化祭そのものに出た事が無かったので、何だかとても場違いな所にいるような気分だった。
 周りには、いつもとはまったく違う雰囲気の生徒達で溢れている。普段の授業にはまるで 興味の無さそうな生徒程元気に見えるのは、三森の目の錯覚ではないだろう。
 早く帰りたい。そんな思いに駆られる。ここは私のいる所じゃない。
「お待たせしました」
 その時ちょうど桐がやってきた。三森の苛立ちが煙のように立ち消える。
「遅いわ。周りがうるさいから、帰ろうかと思った」
「たまにはいいじゃないですか」
 桐はコロコロと笑い、三森の手をとる。それで三森の機嫌は完全に治ってしまった。


 それから、色々とクラスの見世物を見て回った。綺麗に写真をとってくれる所、ダーツなどのミニゲームをやっている所、駄菓子を売っている所などなど。どこも見て回るだけだったが、自分と同じ世代の人間がそこに立っている光景は、三森の目には珍しく映った。
 桐と三森が手を繋いで歩いている所を、他の生徒達は珍しそうに見た。2人の仲がいいのは有名だったが、「あの薔薇のナイフ≠烽ツいに文化祭にまで出るようになったか」と半分興味、半分感心と言った声はやはりついて回った。
 太陽が真上に来て、購買部で買ったパンを図書室で食べる。普段は図書館で物を食べる事は禁止されているが、今日は特別だ。
 図書館の窓から、校庭が見える。そこには大きなステージが設けられていて、コンサートが行われていた。演奏をしているのは勿論生徒達だ。
 今は男子五人がギターやらベースを持って、演奏している。その前では結構な数の生徒達が、ピョンピョンと飛び跳ねたりしている。
「凄く上手ね」
「三森さん、この曲知ってるんですか?ロックだし、知らないと思ってました」
「テレビで見ただけよ」
 クロワッサンを千切りながら、三森は答える。
「やっぱり」
 桐はメロンパンを千切っては小鳥のように口に運んでいる。
「でも、CD買うかもしれないわよ?」
「本当ですか?」
「‥‥ごめん、冗談」
 チュウと三森は野菜ジュースを飲んで、その場を誤魔化した。桐はちょっと面食らった顔になるが、またいつもの、いやいつもより少し多めに笑った。
 いつもの図書館は人も疎らで、密かに会うにはうってつけの所だった。しかし、今は昼食時という事や、授業が無い事から、結構な数の生徒達が休んでいた。
 何だか自分達の聖域を犯されたような気分になるが、こういうのもいいのかもしれない。
桐と一緒だからかもしれないが、それなりに楽しんでいる自分がいた。
「1人だったら面白くなかったかもしれないけど、桐といれて楽しいわ」
「ありがとうございます。最初は嫌って思ってても、行ってみると案外楽しいものですよ」
「そうね。その通りだわ」
 今度からは、少しずつ人が多い所にも行ってみよう、と三森は思った。勿論、今はまだ桐も一緒だが。
 太陽がゆっくりと落ち始めていた。


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